□砂川肇のユニローグ46
テレビの前で、鼻ちょうちんを膨らませつつ、うたた寝していたら、なんだか懐かしいサウンドが聞こえてきた。あれれ、「僕のマリー」じゃないか! 懐メロ番組かいって目をしごいたら、うんにゃまあ。かのジュリーが、完全メタボ武装のお姿を重たそうに左右に揺すってる。こりゃあリアルタイムじゃあっ、と頬に一発くれて、テレビに向き直った。
再結成したんだそうな、ザ・タイガースが。知ってた? しかも、ボクとまったく同世代の、ピーこと瞳みのるさんがドラムを叩いてる。うわわ。ちなみに、彼、1946年9月生まれ。ボク、同年10月生れ。んなこたぁ、どうでもいいって? そうね、どうでもいいよね、お構いなくぅ!
耳を傾げていて、感じ入った。「ピー、戻って来いよ」と若干の想いをこめて、数年前にジュリーほかが、「Long Good-by」という曲を書いて唄ったらしい。そしたら、それを聴いたピーがさ、高校教師の身ながら—–いい話じゃねーか、チクショー&目に霧が少々。
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なにせ、「GSってぇー?」って叫んだら、「ガソリンスタンドでしょー」ってコダマが返って来ちまう今日この頃だもんね。たしかに、グループサウンズの時代は、もはや化石のような昔。でもね、いたんだよ、ザ・タイガース、ザ・スパーダース、ザ・テンプターズ—–。なぜか、バンド名に、すべからくザを付けつつ。
おそらくみんな、とても素直な面々だったから、先輩たちに右倣えしたのさ。ザ・ベンチャーズ、ザ・ビートルズ、ザ・アニマルズ、ザ・スプートニクス—-(以上すべて、順不同)。ザの後に付く本名には、総じてなぜか動物名が多かった。理由? ふざけんじゃぁねーよ。御ビートルズ天才様たちへの敬意さ、ほかに何がある!
スプートニクスがわからねぇ? いいねえ、いいねぇ、ジーさんが教えてしんぜよう。1957年に、今は亡きソ連という国家が人工衛星を飛ばしたのさ。その星の名がスプートニク。で、同じころ結成したスウェーデンのバンドが、まあ、宇宙時代というご時世にあやかって付けたんだね、この名前を。もちろん米国には、ザ・アストロノーツ(宇宙飛行士)ってバンドがあった。
つまりさ。米ソの両国家は、いろんな局面で喧嘩してたってこと。ばからしい? そうさ、おバカなのさ、時代ってやつは、今も昔も、これからも。
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お叱り覚悟の、こんな駄文を書いていたら、なーんだかね想い出しちゃった。
これ、かれこれ十年ほど前の話し。ある昼下がり、埼玉県の熊谷で酒を作ってる親友氏から電話が入った。「大久保一久さんを呼んで、ライブやるんですけどぉ」。うおお! っとボクは、即座にゴリラになっちまった。「クボやんが? 弾き語るの? 彼、生きてるの? ウソ!」
駆けつけましたね、往年のファンとしちゃあ、黙っちゃあいられねー。熊谷のさらに奥地の、寄居というド田舎のみすぼらしい小屋まで。あっ、御優しきご関係者様、言葉づかいには、ご容赦を。筆致です、弾みです、ハハハ。
で、聴き入りました、「雪」を、「地下鉄にのって」を。かすかな来場者50人ほどの中からアンコールの声がかかったとたん、ボクは座席の脇に土下座して、「雪をもう一回、お願いお願いお願い」って連呼してました、ハイ。
クボやんこと大久保一久さんは、1971年に結成されたフォークグループ「猫」のメンバーだった。このグループは4年後の1975年に解散するんだけど、クボやんはその直前に抜けて、かの伊勢正三さんと「風」を結成する。デビューシングル「22才の別れ」は、世界の音楽史上に残る圧倒的な名曲だよ。ここは、譲らん!
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話しが、くどく長くなりそうだ、ごめん。
まあとにかくライブが終わって、ステージ上の機材をかたずけて、そこにテーブルを持ちこんでビール&乾きモン片手の打ち上げに入った。おそらく、来場者中の最高齢者だっただろうボクは、もちろん遠慮したんだけどクボやんの隣に座ることになって、いやあお久にクボやんの生声にお触れ申し上げたわけさ。だって彼、ボクにとっては意味不明に表舞台から姿を消して、そのままだったんだもん。そして、クボやんのとつとつとした語り口が、これまたボクの目を小雨模様にさせてくれたんだね。
—–風は、数年やった。1979年の解散後も、少し唄い続けた。でもその頃、ほぼ30歳。ちょっと不安になり始めた。このまま続けていって、いったい食いつなげられるんだろうか。で、一念発起した。さいわい、薬剤師という手職があったので、サラリーマンになった。そうして、なんとか生きてきた。でもね、子供も成人して、ふと自分に還ってみたら、なんだか急に、もいちど唄いたくなっちまった—–。
さらなるボクの問いに、クボやんはしずかに答え続けた。—–いまは、ギターを抱えて(なんと!)カラオケボックスに行き、自分の曲を入れ、それにギターを併せて、声を重ねている毎日。「衰えちまったなぁ」と一人ごちつつ—–。
ボクは、(なんと平板な物言いになるけど)言葉を返した。「大久保さん。ボクも含めて当時、おそらく1000万を下らない人びとが、あなたの唄に沁み入っていた。それぞれな音調だけれど、口ずさんでいた。それって、もの凄いことなんです。誰にでもできるってことじゃない。だからぜひ、ぜひもう一度、クボやんサウンドを耳にさせてくださいね。待ってますよ、急がないで」。
あちこちで、三々五々の打ち上げ話しに興じていた若めの十数人ほどが、いつの間にかクボやんとボクの会話に、そっと耳をそばだてていたっけ。
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正確を期すためにネットに入り込んでいたボクは、うわあっと時の流れに打ちのめされた。2008年の4月、伊勢さんとのコンサートのリハーサル直後。クボやんは、脳血管障害で倒れてたんだ。即、入院。もちろん、コンサート・ツアーは中止。でも7月には退院して、その後の消息は—–書き込みがない。
クボやんは、1950年生れ。今年、62歳になる。デビューから、41年。人の生は—-めぐる、めぐる。